モトローラ製アンドロイド端末と、アンドロイドの真価

約1年前にT-mobile USAから発売されたG1以降、実際に販売されたAndroid端末はHTC製だけだったが、9/10にMotorola製端末が発表される見通しとなった。

Motorola Android press event on Sep 10

まだ9/10にサンフランシスコでプレス向けの発表があるという以上の情報はないようだが、ここでMotorolaがどのようなAndroid端末を出すか、非常に興味深い。

これまでは、事実上Android端末=HTC製であったため、どうしてもHTCの仕立て方がAndroidそのものであるかのようなイメージがあった。しかし、AndroidそのものはオープンソースのOSであり、それを搭載した端末には様々なバリエーションが考えうるはずである。HTC製の端末は、残念ながらiPhoneとの比較においては総合的に見てiPhoneをしのぐものとは言いがたかったが、これをもってAndroid端末のすべての評価をしてしまうなら、ミスリードすることになるのではないか。国内でいえば、ドコモが発売したHTC製のHT-03Aをもって、Android自体の評価を下してしまうのは早計だ。

Androidの流れをくむという中国製のoPhoneもなかなか実際の姿を表さないが、このoPhoneについての事前情報が正しいとするなら、そのユーザビリティは少なくても現行のHTC製端末を上回るものになりそうだし、iPhoneとも比肩しうるものに成長していく可能性も感じさせる。

“OPhone”に見る中国の強さ | 日経 xTECH(クロステック)

HTC自身も、新たなAndroid端末Heroを開発している。

http://www.htc.com/tw/product/hero/overview.html

そのうえ携帯端末に限らず、カーナビをはじめとするデジタル家電や、ネットブックなどにもAndroidがOSとして採用されていく見通しであるという*1

また、現時点においては、近い将来にiPhoneに対抗しうる携帯端末の最有力候補はAndroid端末であると言ってよいと思う。Android端末の完成度が上がれば、それはiPhoneによきライバルが現れることを意味し、双方が切磋琢磨することでモバイルが提供するネットのユーザーエクスペリエンスがさらに向上していくことにもつながると思うし、そうであってほしい。

果たしてMotorolaがどのような端末を発表するのか、楽しみだ。

*1:NOKIAから発売されるPCも、最終的にはWindows搭載と発表されたが、事前の噂の段階ではAndroidをOSに採用するという観測もあった

 組むべきは誰か ー NEC・日立・カシオの事業統合に思うこと

NEC・日立・カシオが、携帯電話事業を統合する、という報道があった。

http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200908290017a.nwc ほか

2010年春をめどに開発事業会社を一本化、販売上は3社それぞれのブランドを維持しつつ、開発を一本化することによって事業の採算性を改善しようということだ、という論調は各社ともかわらない。

しかし報道内容に関して気になるのは、

実現すれば国内販売台数のシェア(市場占有率)で約2割となり、首位のシャープ(約20%)に次ぐ規模に浮上する。

日立はKDDI(au)、カシオはauとソフトバンクモバイル、NECはNTTドコモとソフトバンクにそれぞれ端末を供給しており、販路拡大も期待できる。

という見方だ。

まず、統合によって、確かに国内としてはトップのシャープに迫るシェアをもつことにはなるが、それが世界的にみたときには、それでせいぜい世界シェアの1%を取れるかとれないか、のレベルでしかない、という現実である。記事にもあるように、国内市場が飽和して生き残りのためには海外展開が必須だというなら、この点は冷静にみておかなければならない。日本の携帯電話メーカーすべてを足し上げても、世界シェアの5%をとれるかとれないかの規模でしかないのだ。

また、この引用した一文には出ていないが、ドコモとソフトバンクモバイルは技術方式がW-CDMAで共通しているがauだけはCDMA2000である。大きく分けてこの2つの方式が日本国内においては混在し、統合する3社はそのどちらの方式にも端末を供給している。すでにカシオと日立は開発の事業統合をしているので、そこにNECが入ることによってスリム化されるのは、カシオがソフトバンクモバイルに向けてW-CDMA端末を出していた部分をNECW-CDMAの開発リソースと統合できるという部分にすぎない。NECはCDMA2000には関わってきていないからだ。こうした状況下での販路拡大とはどこにフォーカスした議論なのか、よくわからない。


そうなると、この3社が一緒になっただけでは、単にW-CDMAの事業規模が少し大きくなる程度で事業課題の解決にはほとんどつながらないのではないだろうか。

この解決のためにとりうる方策としては、

1)海外への事業展開
2)開発する技術方式の統合(一本化)

が考えられる。

1)については、記事中でも少し触れられている通り、国内上位メーカーにとってすら課題となっていて新たに海外市場参入あるいは再参入を模索している段階だが、なかなか平坦な道のりではない。すでにNOKIASAMSUNG、LGなどの強力で巨大なトップメーカーが押さえている市場に割って入っていくのが容易ではないことは、傍目からみていても容易に想像がつく。そこに今回統合する3社が参入するといっても、統合自体が海外参入にとって大きく有利な条件をもたらすわけではないだろう。

また2)については、国内でも世界全体でもW-CDMA方式が優勢であって*1、CDMA2000は北米と韓国にほぼ市場が限られるといってよい。その北米も、主要都市はすでにW-CDMAが圏内であるし*2CDMA2000でもSAMSUNG/LGがモトローラなどと共に端末市場を席巻している。他方、韓国はSAMSUNG/LGのお膝元であり、この市場に日本メーカーが割って入る余地はほぼゼロと考えられる。

そうであればW-CDMAに開発リソースを集中することが得策だとは思うが、そうなればカシオ日立のCDMA2000関係者そして国内2位のキャリアであるauとの関係もあって、簡単にW-CDMAへの一本化がすすむかどうかは疑問だ。一方、各社は次世代(3.9G/LTE)にむけた準備も進めていかなければならないわけで、この点においては3社がまとまってLTEに取り組めるというところが最大のメリットだろうか。幸い、日本のauアメリカのVERIZONなど現行のCDMA2000陣営のキャリアの多くも、次世代はW-CDMAの流れを汲むLTEに統合される見通しである。しかし、一気にLTEの普及が進むとも思えない状況の中、当面は3Gの開発体制を維持していかなければならず、その時に3Gの2方式に対応していくこと、そのうえCDMA2000に関しては国内以外の市場がなかなか見込めないことは、統合3社の足かせになっていくものと思われる。

このように考えると、1)にしても2)にしても、事業統合の趣旨を実現する方策として有効に機能するのかどうか少々疑問を感じざるを得ないし、もしそれが実現していくなら相当の摩擦が起きることは想像に難くない。将来をかけた生き残りのためには、この3社連合には摩擦を起こしてでも未来に向けた一歩を踏み出してほしいと願っている。

それにしても一つ残念に思うのは、NECがいま組むべきはこの2社だったのだろうか、ということだ。組むべきは強者同士だったのではないか。そのうえで、Limoファウンデーションのイニシアティブをとるなどして、W-CDMAの世界市場への進出に注力すべきではなかったのか。辛口な邪推をすれば、強者と組むよりも今回の3社連合の方がNECが主導権を握りやすいという事情もあったのではないかと勘ぐってしまう。

いずれにしても、日本メーカーが世界市場で一定の地位を確保すること。それが日本の携帯電話関係者すべてにとって、大きな意味で幸せになる方策ではないかと思い続けている。

*1:国内ではドコモ+ソフトバンクの計7割の回線がW-CDMA方式。世界でみるなら、アップル社がiPhoneの世界展開にあたってiPhone 3G/3GSにW-CDMAを採用した理由はここにあると考えるべきだろう。

*2:そのネットワーク環境下でiPhoneが使われている

iPhone 3G S 購入の傾向と対策(1)

WWDCで、新しいiPhoneiPhone 3G Sが発表され、日本でも6/26からソフトバンク(以下SB)を通じて発売されることになった。

価格については、新規購入の際の価格がSBのページに発表されているものの、機種変更などの際の価格がよくわからないままだ。

6/10付け日経産業新聞(3面)の記事によると、どうも機種変更の価格は、昨年の3G発売時のものと同じ価格体系らしい。未確認情報なのであくまで推測だが、つまり、昨年の8GB/16GBの料金体系が、3G Sの16GB/32GBに対応するようなのだ。

昨年、ビックカメラで、現iPhone 3Gを購入した際に渡された価格表は、下記の通り。

これによると、昨年3Gを購入した場合、最も早い人でも7月の購入だから1年未満となり、機種変更は3/6ヶ月以上の欄(写真下段の一番左)の料金が適用されることになりそう。

そうなると、本体価格は下記の通り。

16GB:3180円x24ヶ月=76320円
32GB:3660円x24ヶ月=87840円

一括支払いを選択したときは、この金額になり、毎月の料金から、月月割の額(特別割引の欄、月額920円)が割り引かれていくことになりそうだ。

24ヶ月の分割にした場合は、それぞれ2260/2740円(差額の欄)を支払っていく。

ただ、今はiPhone every body キャンペーンがあるので、この額よりも安くはなるようだが、2年縛りとなる。

計算してみた結果、私の条件(現在16GB所有で一括支払い済み。3GSは32GBをやはり一括支払いで購入を検討)だと、新規契約して、当面2台持ちがもっとも安いと判断した。

時間がつきたので、その点については追って書いてみたい。繰り返しになるが、ここに書いた料金は、あくまで推測なので、正確なものではない可能性があることをお断りしておく。

”ネット世代”のケータイの使い方 「デジタルネイティブが世界を変える」を読んで

気になりながら買っていなかったドン・タプスコット氏の最新の翻訳書「デジタルネイティブが世界を変える」を、twitterのご縁で@akihitoさんから頂いた。

本全体の書評と、余談として、私がこの本を頂いたいきさつについては、@akihitoさんのブログ(【書評】若者を理解するだけでなく、自らが変わるための一冊『デジタルネイティブが世界を変える』:シロクマ日報:オルタナティブ・ブログ)をご一読頂ければと思うが、本の中でネット世代の携帯電話利用について書かれている部分があったので、本を頂いたお礼も兼ねて、ここではそこにフォーカスして少し書いてみたい。

この本でいう”ネット世代”とは「1977年から1997年の21年間に生まれた人」と定義され、現時点で12歳から32歳の人たち、米国では人口の約27%を占める8110万人が該当することになる。(当然のことだが、この本は基本は米国のデータ・事例を中心として書かれていることは、最初に確認しておきたい。)

著者によれば、ネット世代にとっての携帯電話は、もはや「電話」という呼び方は適切ではなく「相棒」とか「副操縦士」とでも呼ぶべき存在になっている。これは、日本の同世代にとっても同じだろう。この点で日米に差はないと思われる。

2002年以降パソコンの利用者数よりもインターネットの利用者が多くなり、その差が開くばかりであることは、携帯電話からのインターネット利用が増え、パソコンを凌駕する存在になってきていることの証である、という。実際、パソコンを買ってネットに接続する環境を整えるよりも、携帯電話を買ってネットに接続する方がはるかに手軽で安価であるから、これはうなづける。

そういう環境の中で、ネット世代は携帯電話を使ってソーシャルなネットワークを構築し、コラボレーションとリレーションによってスピーディーにイノベーションを起こしつつある。タプスコット氏の主張を要約すると、こんなところだろうか。

そこで気になったのが、電子メールの位置づけだ。日本は、アメリカを含む諸国と比べて圧倒的に電子メールの利用が高く、テキストメッセージの利用が極端に少ない(78ページの図2-5)。これは、日本でのSMSの利用が著しく不便*1であるかわりに、iモードメールを代表とする携帯ベースの電子メールの利便性を高めてきたキャリアの施策によるところが大きい。こうした背景があって、いわゆるデコメや絵文字が広く普及したので、自分を表現する場として電子メール(それも、ケータイのメール)が異常に突出してしまっているのが日本の現状と言えるのではないだろうか。

一方、本書で指摘されている(アメリカの)ネット世代にとっての電子メールとは「はるか昔のテクノロジー」「公式的なコミュニケーションの手段」で、2007年の調査では、電子メールは専門家向けと答えた人が48%、電子メールは面白くないと答えた割合が31%にのぼった、という。

このギャップは気になるところである。

確かに、日本でのネット世代の間でも、モバゲータウンmixiなどのSNSの利用率は高い。SNSは、Facebookなどのように世界規模で利用されているものもあるが、各地域や国ごとのローカルなSNSも根強い人気があるから、日本の状況だけが特殊だとは思わない。しかし、ケータイネットの世界がパソコンを凌駕していく過程で、そうした地域や言語ごとに閉じたネットワークが、次第につながりだす日が来ると思って間違いない。

そうなったときに、言語の壁の問題もあるが*2、それと同じくらいに、コミュニケーションをとる手段に対する意識の違いが、障壁になってこないだろうか。日本人が絵文字いっぱいのメールで精一杯コミュニケーションをとろうとしても、相手にその気持ちが伝わらない、それでネット世代の日本人ががっかりしてしまう、といったことが出てくるのだとしたら、看過できない問題だと思う。

また、ネットの活用の仕方、ネット上のサービスのあり方も、パソコン(だけ)を前提にしたものから、ケータイを前提にしたものが主流に変わっていくと思うが、現在の日本のケータイでのあり方が世界の標準となっていくのかどうかは、注意していかなければならない。今の流れだと、webブラウザを通して利用するもののほかに、ウィジェット(アプリ)を使っていくサービスも多くなるだろう。そのときに、今の日本のケータイのブラウザやウィジェット(アプリ)が、コミュニケーションの妨げにならないようになっていかなければ、日本のネット世代が世界から孤立してしまう。

タプスコット氏のネット世代に対するスタンスはポジティブにすぎるきらいもあるが、日本のネット世代だって、大人が思っているよりもずっと賢いのではないか*3。それに、自転車だって転んで膝を擦りむきながら乗れるようになるのと同じで、ネットのポテンシャルを自在に駆使することができるようになるためには、最初は”擦りむく”ような経験も不可欠だし、また”擦りむく”程度ですむように見守ってあげるのが、親や大人の役割だと思う。以前のエントリーにも書いたが、長期的な視点をもってネット世代、特にまだ成人していないネット世代の成長を促すことを考えたいと思う。


本書は大著だが、見出しや図表を追っていくだけでもヒントがたくさんあるし、気になった部分を拾い読みしていくだけでも、ネット世代が何を考えてどう行動しているのか、日本のケースでも当てはまるところは非常に多いと感じた。多くの人、特にネット世代が分からないと感じている”おとな”世代の人たちに目を通していただけると、建設的な方向でネット世代と向き合えるきっかけがつかめるかもしれない。

余談ながら、筆者はネット世代の一世代前の「ジェネレーションX」。タプスコット氏が定義する「ネット世代に類似したコンピュータやインターネットの利用習慣を持つ最年長の世代」として、上の世代とネット世代の橋渡しをしつつ、ネット世代が世界を変えていくことに、自分も積極的に関わっていきたいと思っている。

もうひとつ余談ながら、twitterというネット上のサービスがきっかけで@akihitoさんにお会いすることができ、本の受け渡しだけでなく、ランチをともにしながら有意義なディスカッションをすることも出来た。単に本が必要なら買えばよいだけだが、今回は本を頂いたことに留まらない価値がある出来事だったと思う。それに、ただ買っただけなら積ん読になりそうなところを、ちゃんと目を通してブログに書くきっかけにもなった。こうしたリアルとネットの境界線を容易に飛び越えて行き来するという経験は、メールをはじめとするこれまでのネットの使い方ではなかなか起きにくかったけれど、このところ急速に数多く経験したり目撃したりするようになってきている。ネット世代(とそれ以降の世代)が当たり前のように感じている現実(リアル)とはそういうもの、つまり私たちより上の世代にとってリアル+バーチャルなものが彼らのリアルなのかもしれない。

*1:違うキャリア間でSMSがやり取りできないという国は珍しい。

*2:英語といえば英「会話」、という意識は改めなければならないだろう。ネット世代にとってまず必要なのは英語を「読め」て「書ける」ことであり、会話の優先度はその次である。英語教育の意識改革が必要な時期に来ていると思う。

*3:例えば、高校生の約7割が「携帯電話で知らない人とやりとりするのは怖い」:シロクマ日報:オルタナティブ・ブログ

 中古(リサイクル)ケータイのインパクト

これまで、日本では動きが鈍かった中古(リサイクル)ケータイが、ビジネスになり始めているらしい。

ポイント早分かり!失敗しない中古携帯選び - 日経トレンディネット

販売奨励金仕組みがかわって”目先の”端末価格が上昇し、2年縛りの契約が主流になったことで、おいそれとは機種変更できなくなったことが背景にある。auはそうはいかないが、ドコモやソフトバンクならSIMカードを差し替えるだけで、一部の例外を除けば同一キャリア向けなら別機種でも使えてしまう。2年縛りの途中でケータイに保証対象外の故障が起きてしまった、といった場合に、リーズナブルな値段で機種変更ができるということになる。

なんらかの理由で手元のケータイを利用しなくなった場合、使用して日が浅い端末であれば、購入価格にくらべれば微々たるものだろうが、それでも何らかの値段で買い取ってもらえるということも、中古市場に商品が供給される理由になる。

こうしたケータイの中古市場を初めて見たのは、2003年にインドネシアに行った時のことだった。ジャカルタにあるビルのひとつが丸ごとケータイ関係の小さなショップで埋めつくされていた。そこではもちろん新品の端末も買えるのだが、中古品が古いものから新しいものまでズラリと揃っていて、NOKIAの普及機種などであれば、電池はもちろん、数字ボタンや液晶といったパーツに至るまでが売られていたのだ。

カネ持ちが新品を買ってそれまでの端末を売り、それを中流層が買ってそれまでの端末を売り、それを低所得層が買って...、というサイクルなのだろう。最後には、あちこちが故障した端末をパーツ交換しながら使い、それでもダメになったら、使えるパーツだけが取られて再利用され(販売され)て、端末は天寿を全うする。プリペイドの料金体系が普及していることとが相まって、これで相当安い費用でも携帯電話が利用できる。所得が低い層にもかなり携帯電話が普及している理由が、これで納得できた。

このようにして中古市場が活性化することは、ユーザーにとっては、必ずしも悪くない一面があるものの、キャリアやメーカーにとっては、あまり好ましいことではない。キャリアにしてみれば、新しいサービスの導入をしようにも、古いスペックの端末が多くなるほど立ち上がりが鈍くなるし、メーカーにしても、新製品の市場が縮小してしまうことにつながる。よほど新機種を欲しいと思わせるようなサービスや端末の性能・機能の進化がなければ買い替えが進まない。ハードとしての端末、ソフトとしてのアプリやコンテンツのいずれも、市場規模が小さくなってしまう。

もっとも日本の場合は、社会事情も異なるし、キャリアの料金施策も違うので、インドネシアと同じようなことにはならないだろう。むしろ、果たしてどこまで中古市場が広まるのか、ちょっと疑問でもある。

ひとつには、2年縛られている一般ユーザーが、今使っている端末を手放すのは購入から2年後以降だから、中古市場に出回る機種は2年以上前のものが主流になるだろうということ。そうなれば、電池もヘタっているだろうし、筐体にも無数の傷がついているのが普通だろう。それ以上に、2年もたてばキャリアが提供するサービス内容も変化していて、旧機種では使えないものも多くなることが、中古品のネックになっていくのではないだろうか。2年も使い込んだ端末であれば、買い取り価格も微々たるものだろうし、また、そういう端末を安いからといって中古で買って使う人も少ないだろう。

また、端末価格が高くなったといっても、実際には、旧機種の在庫品であれば新品端末(新古品)が実質0円とか1円で買えるようになってしまっている。

やはり「値下げ」しかないのか──iPhone 3Gも参戦、0円ケータイ争い熾烈に (1/4) - ITmedia Mobile

こうした状況で、わざわざ他人が使ったケータイを、安いとはいえ数千円というお金を出して買う人がどれほどいるのか、というのも疑わしい。

もっとも、発売から半年もたたずに、新機種の端末が中古として売られるような事態がおこれば別かもしれない。昨年末以来、携帯販売店から最新の端末が盗られる事件が相次いだが、その盗品が中古市場で売られたり、あるいは、契約数稼ぎのために携帯販売店が架空の契約をして一定期間後に解約、その端末を裏で売却して現金化するといったことが増えれば、ユーザーにとって中古市場が魅力的になる可能性もあるが、どちらかといえば考えにくいケースだと思う。キャリアは端末の個体を把握できるから、こうした手法は足がつきやすいと思われ、おそらくそういう曰く付きの端末は海外に売られていくように思う。

ただし、日本の中古ケータイ市場の状況に一石を投じるかもしれないのは、iPhoneの中古品だ。iPhone3Gは、発売からまだ1年も経過していないので、中古市場でどのような動きがあるかが見えてくるのは、少なくても次期iPhoneの発売以降か、または現行のiPhone発売から2年が経過する来年の7月以降。その時、どのようなことが起きるのかは未知数ながら、ひょっとすると中古市場が成立する可能性はあるのかもしれない、と思う。

その理由のひとつは、iPhoneのOSアップデートとアプリによって、発売から相当期間が経過しても端末で出来ることの内容が古くなりにくい、ということ。中古品ではないものの、現行のiPhone3Gが昨年7月発売のものにも関わらず、引き続き現在でも売れ筋上位にランクインしている。これは、ソフトバンクの値引きキャンペーンに負うところも大きいと思うが、それにしても日本の携帯電話市場では、かつてないことだ。

また、アメリカでは、昨年7月のiPhone3G発売により中古の初代iPhoneが放出され、それも売れたという。iPhoneが多言語に対応していることから、アメリカから中米などの外国にも中古のiPhoneが流れた、という記事も、昨年の8−9月頃のアメリカのメディアで見かけように記憶している(残念ながら、探し出せなかった)。おそらく、何らかの方法でSIMロックを外すなどして売られたか、あるいはWiFiで使う”カメラのあるiPod touch”として売られたのだと推測される。

またiPhoneの場合、通常1年の保証期間に加え、有料のApplecareに入ればさらに1年の保証がある。その保証の対象にはバッテリーの容量低下も含まれており、新品の50%以下となった場合は無償交換されることになっている。これは、バッテリーだけが交換されるのではなく、端末全体が新品と交換されるということらしい*1。また、私自身も経験し、その顛末を過去に書いたが(iPhoneの故障・交換で感じた、設計思想の違い - Batayan’s Log)、保証期間中に何らかの不具合が起きて、それがユーザーの責任によるものでなければ、修理不能の場合、本体ごと新品に交換される。こうしたケースは、特に初期ロットの製品の場合、どうも珍しくもないようなのだ。こうして、来年の7月には、契約から2年は経っているが端末自体は新品に近いiPhone3Gが、相当数出回る可能性もあるのではないだろうか。

次期iPhoneがどのようなものになるかにもよるが、いずれにしてもいきなり現行のiPhone3GのサポートやOSのアップデートをアップルがやめてしまうとも考えにくい。そうなると、一部ハードに依存する部分では新iPhoneと比べて見劣りする部分は出るだろうが、和式ケータイの中古のような、決定的な古さとはくらべものにならないほど、中古のiPhoneの市場価値は高止まりするのかもしれない。

それは、とりもなおさず日本のiPhoneユーザーの拡大と、それにともなってiPhone向けのアプリビジネスのマーケットが拡大することも意味する。

この先、中古ケータイ市場がどのような動きをみせるのか。iPhoneがひとつの台風の目になりそうだ。

*1:iPhone3Gは、構造上バッテリーだけを交換することが出来ないようだ

”素うどん”なiPhone/Androidと、”松花堂弁当”な和式ケータイ

今日は午前にソフトバンク、午後にドコモと、夏向けに投入される端末・サービスの発表が相次いだ。

かねての噂どおり、ドコモからはHTC製のAndroid搭載端末が導入されることが発表され、午前午後を通してみても、メディアの注目が最も集まったものではなかっただろうか。ニュースヘッドラインを見ても、グーグルやアンドロイドという文字が目に付く。


ソフトバンクの発表内容をTwitterで拾わせてもらいつつ昼を迎え、ランチで賑う飲食店街を歩きながらふと気がついたのは、iPhoneやAndoriodは、食べ物に例えるなら”素うどん”なのではないか、ということ*1

これに対する日本の一般的なケータイは、高級料亭が余すことなく食材を詰め込んだ”松花堂弁当”ではないか、と思えてきた。

よくある街の立ち食い蕎麦・うどん屋さん*2でもそうだが、”素うどん”や”かけそば”のよいところは、そのまま食べてもいいし、天ぷらや卵といった自分の好きなトッピングを好きなだけ選んで食べる楽しみもある、ということ。そういう食べ方をしたいと思うときは、トッピングの種類と質が充実した店に足が向かう。

ここまでお読み頂ければ察しがついた方も多いだろう。このトッピングが、iPhoneで言えば、アプリケション(アプリ)を代表とする、端末本体とは別に存在するサービス群のこと。AppStoreのアプリ総数はすでに40,000を超えたといい、4月下旬には、アプリのダウロード数が10億を突破したことが話題になった。これだけの幅広いバラエティの”トッピング”から、自分の好きなときに好きなものを選べるから、毎日のランチに注文するのが基本的に”素うどん”であったとしても、トッピングのバリエーションと質で、毎日違った味わいが楽しめる。そのうえ、一定以上の質を備えながら、値段は無料のトッピング(アプリ)もふんだんにある。これなら、”うどん”自体が嫌いな人でなければ、毎日でも耐えられるだろう。それに、隣の人が食べているうどんと自分のうどんでは、まったく中身が違うのだ。

一方の和式ケータイは、とにかく全てが詰め込まれた”松花堂弁当”に例えられるのではないか。豪華なおかずがこれでもかと詰め込まれているが、詰め込まれているだけに、自分が食べたいものがどこにあるかわからかったり、ひとつひとつの量が中途半端で、食べたいものの量と質は期待ほどではない割りに、特に食べたくないものが場所を取っているのが目に付いてしまう。すでに食べきれないおかずの種類と量がありながら、おかずは半年ごとに増え続けるサイクルを繰り返して、今となってはもう、目玉になるような食材もそうそう残っていない、という状態...。隣を見ても、弁当の中身は変わらない。メニュー*3が一つしかないのだ。

実際のランチであれば、今日は松花堂弁当、明日は素うどん、ということができるが、ケータイの2年縛り契約とは、つまり2年間、同じものを食べ続けることを約束させられているに等しい。

来る日もくる日も同じメニューを食べ続けなければならないとしたら、最初は豪華さに目を奪われて松花堂弁当を選んだ人たちも、いつか疲れてしまうのではないか。

そうやって疲れた人たちが、ほっと一息つくのが、”日の丸弁当”。それが”らくらくホン”なのかもしれない。5月10日までの約1ヶ月の携帯販売ランキングのトップに”らくらくホン”が登場しているということは、もちろん発売日の効果*4もあるが、毎日豪華なランチを食べ続けることに疲れてしまった人たちの姿を思ってしまう。


テクノロジー : 日経電子版

そういう人向けに、今回ソフトバンクが用意した”日の丸弁当”は、韓国のサムスン電子が作ったものだった。日本メーカーは、数が出ないとあまりいい商売にならない”日の丸弁当”を敬遠しているように見えるが、海外のメーカーは、例えるなら、韓国では梅干のかわりにキムチを入れるといった具合に、最低限の変更を加えるだけで基本は同じ”弁当”を、数を売って商売を成り立たせるノウハウを身に着けているようだ。松花堂弁当は、複雑で多様なおかずが前提なだけに、日本以外でそれを好む人の数は非常に少ないのとは対照的なのである。

もちろん、ランチもケータイも、これは好みの問題だ。いちいちトッピングを選ぶのは面倒くさいと思う人、麺類は好きではないという人もいるので、どちらが正しいと言うことではない。

ただ、今日の2キャリアの発表を見ていても、”松花堂弁当”にどんなおかずが加わったのか、あまりピンとこなかった、というのが、個人的な感想だった。ちょっと気になる一品が加わったにせよ、それは、あまたあるおかずのなかの一品に過ぎないことは分かっているので、それを窮屈な弁当箱の中から探し出して、ほんの少しの量を食べられるだけにすぎないことを思うと、どうも食指が動かない。

一方ドコモのAndroidは、”トッピング屋さん”としてのアンドロイドマーケットもちゃんと機能する形でサービスインするようだ。

仮にAndoriodを”かけそば”だとすると、”かけそば”と”素うどん”に共通するトッピングは多い。トッピングを作っている人たちもそこを意識していて、そばにもうどんにもあうものを作ろうとしている。それに、言ってみればトッピングを提供しないそば屋とうどん屋に隣り合って、AppStoreやAndroidMarketという名の”トッピング屋台村”が出来上がりつつあり、そこには安くて(さらには無料で)質のいいトッピングを提供することに心血を注いでいる人がたくさんいる。だからトッピングを買い求める人もたくさん集まってきていて、売る方にも買う方にも、魅力的な場所になりつつあるのだ。マスメディアの中には、”そば”と”うどん”のどちらが勝つのか、といった視点でいる人もいるが、実際には”トッピング屋台村”の拡大と隆盛に支えられて、当面はおそらく、どちらかが一人勝ちをするということではないだろう。むしろ、”素ラーメン”とか”素冷麺”のような、和食以外のジャンルから、この屋台村を目指してくる勢力が出てきたりするかもしれない。そうなればさらに、この麺とトッピングの経済圏はお互いが複雑に絡み合いながら拡大していく可能性がある。それが、林信行さんが、Androidいよいよ国内発表で、iPhoneは第2ステージへ、と書かれていることの意味だろうと思う。それは、1軒の店が弁当箱の全てを埋めなければならない松花堂の世界とは、まったく異なる原理が働く世界なのだ。

最初は、twitterに140文字で書けるたとえ話だと思っていたのだが、考えているうちに、iPhoneAndroidを代表とする今のITPhoneと和式ケータイの現状を整理し将来を展望するときに、案外役に立つアナロジーかもしれない、と思えてきた。

繰り返しになるが、松花堂を選ぶかうどんを選ぶかは、好みの問題であり、もっと言えば、大多数の人にとってその日の気分の問題だろう。しかし、今の日本の携帯の契約スタイルは”その日の気分”が2年間変わることを許さない、というものだ。

もちろん、松花堂を食べ続ける人も一定の数で残っていくだろうが、2年後には、うどんやそばに移ろうと言う人、もう日の丸弁当で十分と言う人、そういう人が、無視できない数になる可能性はある。

昨年度の日本の携帯電話の販売数は、前年度比で3割も減少してしまった。

移動電話の2008年度出荷台数は30.7%減,春商戦も盛り上がらず | 日経 xTECH(クロステック)


もちろんこれは販売奨励金制度の変更による効果が大きく、次年度以降はこれほどの減少があるとは考えにくいが、かといって大幅に増加するとも思えない市場環境である。

松花堂弁当店としての日本メーカーは、どのような戦略をとるべきか。Androidが市場でどのように受け入れられていくかも見極めつつ、迅速な判断を求められることになりそうだ。

せっかく芸術的なまでの松花堂弁当をつくる技がありながら、下請け的に日の丸弁当を作るようになるのでは、あまりにももったいない。

*1:意図としては”かけそば”でもいいのだが、”かけ”という言葉よりも、”素”という言葉の方が、よりふさわしい気がする。

*2:立ち食いといいつつ、最近は椅子がある店が多い。これも高齢化社会・人口減少の表れだろうか、というのは余談。

*3:いみじくも、ドイツやフランスなどでは、”メニュー”とは内容があらかじめ決まった定食や”コースメニュー”のことを指す。

*4:トップのらくらくホンは発売開始直後であるのに対し、この時期に新たに発売された”松花堂弁当”ケータイはない。

 スマートフォン/ITフォン+アプリで日本が巻き返す方法

スマートフォンでのアプリケーションストア利用、2013年までに4倍に急増--米調査 - builder by ZDNet Japan

スマートフォン/ITフォンを巡って、アプリケーションソフト(以下、アプリと略す)の動きが活発になってきた。Apple, Androidに続いて, Windows mobile, BlackberryPalmも、名称は様々だが、アプリを一元的に探してダウンロードできる(有料のものは購入できる)仕組みを登場させているか、準備している。

先行したAppleのAppストアは、すでに大きなお金が動くマーケットになっている。先日iPhone OS 3.0の発表の際にアップル社が明らかにしたデータによれば、iPod touchまで含めれば、Appストアのアプリが動く対象となるハードは、すでに3000万台が販売された大きなマーケット。仮に1台あたり平均100円(約1米ドル)のアプリが購入されただけでも、30億円の金が動く市場規模だ。

インドでのiPhone不振の原因が、端末価格が高いことにあるという分析があるが、ということは、裏返せば、平均的に言っても、可処分所得の高い層がiPhoneiPod touchのユーザーであると考えることができ、Appleはハードを売り切って終わりではない、新たな携帯端末ビジネスを生み出し、定着させたといえる。

この動きは、必ずしもキャリアの収入につながるとは限らない。ITフォンからインターネット電話の利用を可能にするSkypeアプリのように、むしろキャリアの収入を減らす方向に作用すると思われるものさえある。

このITフォンの動きは、現在PCにおいて進行している脱アプリの傾向と比べて、一見逆方向に向かっているように見える。

PCにおいては、個別のアプリを使うことより、汎用ブラウザで一元的に各種のサービスを受けられるようにするのがトレンドだ。Googleの文書サービスが、まだ不完全とは言え、少なくてもプライベートユース・ホームユースでのマイクロソフトのOfiiceソフト需要を奪っていくであろうと思われることが好例である。

一方で、ITフォンにもブラウザは搭載されているものの、現在は専用アプリを使うことの方が支持されているように見える。

ひとつの見方は、これはPCとITフォンの発達段階の違いと見ることだ。PCがたどってきた道を、ケータイも遅れて追いかけ出していると考えることができるかもしれない。実際にiPhone上で機能するwebアプリも多数ある。そうだとするなら、5年から10年経ったら、ケータイもアプリではなくブラウザで何でもこなすことが主流になるのだろうか。

もう一つの見方として、携帯端末の特殊性が、アプリの優位性を将来にわたって維持する方向に作用する可能性もあると思う。PCとくらべて、画面が小さくキーボード入力に制約があるという点、また安定してネットに常時接続できるのが当たり前になったPCと、圏外はもちろん、電波状況の不安定さを前提とせざるを得ない携帯端末では、将来においても差がある、という考え方にも分があるかと思われる。また、アプリの開発によって収益を得られる仕組みが完成されているので、webアプリよりも通常のアプリの方がビジネスの仕組みが整ってるという事情も、アプリの開発を促進する要因となり続けるかもしれない。もっとも、GoogleがPCにおいてやったように、ITフォンにおいてもwebアプリの利便性を高めて無料化する動きが出てくるなら、PCと同じ道をたどる可能性も否定できない。

日本のケータイの世界においては、iアプリウィジェットなどといったアプリの取り組みもあるが、技術的な汎用性・プラットフォームをまたいだ拡張性などの点はおいておくとしても、日本市場だけにむけて、そしてほぼ日本人だけが開発していると考えられる、こうしたアプリ群に長期的に見て勝ち目があるかは疑問だ。

また、こうした閉じたマーケットに向けて人的リソースを割くことの社会経済的な非合理性も気になる。せっかく人が時間を割くのであれば、日本にとどまらず、言語のローカライズをすることで世界中で利用され、販売される可能性があるアプリ開発をするべきではないだろうか。それが、日本に外からお金が入ってくること、つまり日本の経済を成長させる原動力になるはずだ。

たしかに、国内向けのアプリ開発内需を拡大しているという意味で経済効果があることは間違いないのだろうが、大きな視点で見ると、日本全体にもたらす経済効果と言う点では、長期の視点で見て損失につながりかねない危うさを感じる。この危うさは、アプリ開発にとどまらず、端末のハードの開発にも共通している問題点だ。

たしかに、日本のごく平均的なケータイユーザーにとって、ITフォンは使いにくくて不必要な道具なのかもしれない。そうであるなら、先進感を出すためには有益かもしれないが、実質的には大半があまり利用されずに終わっていると見られるこうした日本専用アプリ群の開発にキャリアやソフトウェアデベロッパーが資金を投じていくことが、果たして全体最適の観点で見て正しいのかどうか、ということは気になるところだ。
むしろ、日本のキャリアとしては、国内メーカーにも働きかけてAndroidをはじめとする国際的に共通する端末のラインナップを拡充し、そのアプリ開発を促進するような施策を実施していくことが理にかなった動きだと思うのだが、どうだろうか。

そうすれば、端末メーカーは、国内向けに開発した端末を海外でも販売して収益を得るチャンスがひろがるから、結果的に開発も促進され、端末のバリエーションも拡充しやすいはずだ。

また、日本のキャリアがこうした端末やアプリの開発に投資して、メーカーやアプリのデベロッパーが海外でも端末やアプリの販売で成果をあげたときに、一定の収益(投資の回収)を得られるようにするなら、直接キャリアとして海外に進出しなくても、海外マーケットの成長に応じて間接的ながら収益を得て成長していく、というシナリオも描ける(描けた)はずだし、そうなれば、一時期の日本がそうであったように、日本の端末が世界でもっとも先進的でありつづけられる(られた)のかもしれない。

今から方向転換をして間に合うかどうかはわからないが、こうした失地回復のシナリオを、キャリア・メーカー・ソフトウェアデベロッパーが共有してアクションを起こしていく、最後のチャンスにさしかかっているのではないか、という気がする。