”素うどん”なiPhone/Androidと、”松花堂弁当”な和式ケータイ

今日は午前にソフトバンク、午後にドコモと、夏向けに投入される端末・サービスの発表が相次いだ。

かねての噂どおり、ドコモからはHTC製のAndroid搭載端末が導入されることが発表され、午前午後を通してみても、メディアの注目が最も集まったものではなかっただろうか。ニュースヘッドラインを見ても、グーグルやアンドロイドという文字が目に付く。


ソフトバンクの発表内容をTwitterで拾わせてもらいつつ昼を迎え、ランチで賑う飲食店街を歩きながらふと気がついたのは、iPhoneやAndoriodは、食べ物に例えるなら”素うどん”なのではないか、ということ*1

これに対する日本の一般的なケータイは、高級料亭が余すことなく食材を詰め込んだ”松花堂弁当”ではないか、と思えてきた。

よくある街の立ち食い蕎麦・うどん屋さん*2でもそうだが、”素うどん”や”かけそば”のよいところは、そのまま食べてもいいし、天ぷらや卵といった自分の好きなトッピングを好きなだけ選んで食べる楽しみもある、ということ。そういう食べ方をしたいと思うときは、トッピングの種類と質が充実した店に足が向かう。

ここまでお読み頂ければ察しがついた方も多いだろう。このトッピングが、iPhoneで言えば、アプリケション(アプリ)を代表とする、端末本体とは別に存在するサービス群のこと。AppStoreのアプリ総数はすでに40,000を超えたといい、4月下旬には、アプリのダウロード数が10億を突破したことが話題になった。これだけの幅広いバラエティの”トッピング”から、自分の好きなときに好きなものを選べるから、毎日のランチに注文するのが基本的に”素うどん”であったとしても、トッピングのバリエーションと質で、毎日違った味わいが楽しめる。そのうえ、一定以上の質を備えながら、値段は無料のトッピング(アプリ)もふんだんにある。これなら、”うどん”自体が嫌いな人でなければ、毎日でも耐えられるだろう。それに、隣の人が食べているうどんと自分のうどんでは、まったく中身が違うのだ。

一方の和式ケータイは、とにかく全てが詰め込まれた”松花堂弁当”に例えられるのではないか。豪華なおかずがこれでもかと詰め込まれているが、詰め込まれているだけに、自分が食べたいものがどこにあるかわからかったり、ひとつひとつの量が中途半端で、食べたいものの量と質は期待ほどではない割りに、特に食べたくないものが場所を取っているのが目に付いてしまう。すでに食べきれないおかずの種類と量がありながら、おかずは半年ごとに増え続けるサイクルを繰り返して、今となってはもう、目玉になるような食材もそうそう残っていない、という状態...。隣を見ても、弁当の中身は変わらない。メニュー*3が一つしかないのだ。

実際のランチであれば、今日は松花堂弁当、明日は素うどん、ということができるが、ケータイの2年縛り契約とは、つまり2年間、同じものを食べ続けることを約束させられているに等しい。

来る日もくる日も同じメニューを食べ続けなければならないとしたら、最初は豪華さに目を奪われて松花堂弁当を選んだ人たちも、いつか疲れてしまうのではないか。

そうやって疲れた人たちが、ほっと一息つくのが、”日の丸弁当”。それが”らくらくホン”なのかもしれない。5月10日までの約1ヶ月の携帯販売ランキングのトップに”らくらくホン”が登場しているということは、もちろん発売日の効果*4もあるが、毎日豪華なランチを食べ続けることに疲れてしまった人たちの姿を思ってしまう。


テクノロジー : 日経電子版

そういう人向けに、今回ソフトバンクが用意した”日の丸弁当”は、韓国のサムスン電子が作ったものだった。日本メーカーは、数が出ないとあまりいい商売にならない”日の丸弁当”を敬遠しているように見えるが、海外のメーカーは、例えるなら、韓国では梅干のかわりにキムチを入れるといった具合に、最低限の変更を加えるだけで基本は同じ”弁当”を、数を売って商売を成り立たせるノウハウを身に着けているようだ。松花堂弁当は、複雑で多様なおかずが前提なだけに、日本以外でそれを好む人の数は非常に少ないのとは対照的なのである。

もちろん、ランチもケータイも、これは好みの問題だ。いちいちトッピングを選ぶのは面倒くさいと思う人、麺類は好きではないという人もいるので、どちらが正しいと言うことではない。

ただ、今日の2キャリアの発表を見ていても、”松花堂弁当”にどんなおかずが加わったのか、あまりピンとこなかった、というのが、個人的な感想だった。ちょっと気になる一品が加わったにせよ、それは、あまたあるおかずのなかの一品に過ぎないことは分かっているので、それを窮屈な弁当箱の中から探し出して、ほんの少しの量を食べられるだけにすぎないことを思うと、どうも食指が動かない。

一方ドコモのAndroidは、”トッピング屋さん”としてのアンドロイドマーケットもちゃんと機能する形でサービスインするようだ。

仮にAndoriodを”かけそば”だとすると、”かけそば”と”素うどん”に共通するトッピングは多い。トッピングを作っている人たちもそこを意識していて、そばにもうどんにもあうものを作ろうとしている。それに、言ってみればトッピングを提供しないそば屋とうどん屋に隣り合って、AppStoreやAndroidMarketという名の”トッピング屋台村”が出来上がりつつあり、そこには安くて(さらには無料で)質のいいトッピングを提供することに心血を注いでいる人がたくさんいる。だからトッピングを買い求める人もたくさん集まってきていて、売る方にも買う方にも、魅力的な場所になりつつあるのだ。マスメディアの中には、”そば”と”うどん”のどちらが勝つのか、といった視点でいる人もいるが、実際には”トッピング屋台村”の拡大と隆盛に支えられて、当面はおそらく、どちらかが一人勝ちをするということではないだろう。むしろ、”素ラーメン”とか”素冷麺”のような、和食以外のジャンルから、この屋台村を目指してくる勢力が出てきたりするかもしれない。そうなればさらに、この麺とトッピングの経済圏はお互いが複雑に絡み合いながら拡大していく可能性がある。それが、林信行さんが、Androidいよいよ国内発表で、iPhoneは第2ステージへ、と書かれていることの意味だろうと思う。それは、1軒の店が弁当箱の全てを埋めなければならない松花堂の世界とは、まったく異なる原理が働く世界なのだ。

最初は、twitterに140文字で書けるたとえ話だと思っていたのだが、考えているうちに、iPhoneAndroidを代表とする今のITPhoneと和式ケータイの現状を整理し将来を展望するときに、案外役に立つアナロジーかもしれない、と思えてきた。

繰り返しになるが、松花堂を選ぶかうどんを選ぶかは、好みの問題であり、もっと言えば、大多数の人にとってその日の気分の問題だろう。しかし、今の日本の携帯の契約スタイルは”その日の気分”が2年間変わることを許さない、というものだ。

もちろん、松花堂を食べ続ける人も一定の数で残っていくだろうが、2年後には、うどんやそばに移ろうと言う人、もう日の丸弁当で十分と言う人、そういう人が、無視できない数になる可能性はある。

昨年度の日本の携帯電話の販売数は、前年度比で3割も減少してしまった。

移動電話の2008年度出荷台数は30.7%減,春商戦も盛り上がらず | 日経 xTECH(クロステック)


もちろんこれは販売奨励金制度の変更による効果が大きく、次年度以降はこれほどの減少があるとは考えにくいが、かといって大幅に増加するとも思えない市場環境である。

松花堂弁当店としての日本メーカーは、どのような戦略をとるべきか。Androidが市場でどのように受け入れられていくかも見極めつつ、迅速な判断を求められることになりそうだ。

せっかく芸術的なまでの松花堂弁当をつくる技がありながら、下請け的に日の丸弁当を作るようになるのでは、あまりにももったいない。

*1:意図としては”かけそば”でもいいのだが、”かけ”という言葉よりも、”素”という言葉の方が、よりふさわしい気がする。

*2:立ち食いといいつつ、最近は椅子がある店が多い。これも高齢化社会・人口減少の表れだろうか、というのは余談。

*3:いみじくも、ドイツやフランスなどでは、”メニュー”とは内容があらかじめ決まった定食や”コースメニュー”のことを指す。

*4:トップのらくらくホンは発売開始直後であるのに対し、この時期に新たに発売された”松花堂弁当”ケータイはない。