通信業界をドライブするもの

ジュネーブで開催されていた2009年の ITU Telecom World が閉幕した。

前回(2006年)の香港、その前(2003年)のジュネーブとみてきて、その変遷には改めて通信業界の時の流れの速さを思わざるを得ない。

非常に単純化して各年のトピックスを言うなら、テクノロジードリブンだった2003、コンテンツが顔を出した2006、そして今年はポリティクスないしダイアログ(シンポジウム、対話、商談、交渉など、広い意味で)中心だった、というのが私的な印象だ。

2003年には、日本メーカーはもちろん韓国勢なども含めてメーカー各社が製品や技術の展示を競っていた。これは、私たち日本人にはわかりやすい、おなじみの「展示会」の形だ。samsungが世界初と銘打って1x EVDOのデモを行っていたことなどに象徴されるように、3G普及にめどがついただけでなく、3Gデータ通信の本格的な普及期に入ろうとする中で、それを実現する技術や商品にフォーカスがあたっていた。

2006年にはTelecom Worldが初めて開催地をジュネーブの外に移し、北京五輪を控えた中国(香港)で地元の中国企業が出展したこともさることながら、日本からはavex中国企業と組んで出展するなど、コンテンツ企業が華々しいプレゼンテーションを繰り広げ、2003年からみても、また今年から振り返っても非常に特異な展開のTelecomであったと言えるだろう。もちろん、コンテンツ企業の喧噪の陰で、メーカー各社が特に中国の通信企業などへの納入の商談に余念がなかったであろう、とは推測するが、ちょうどかつての3GSM World Congress(現 Mobile world Congress)がカンヌで開催されていた頃の末期のような、通信業界におけるコンテンツ企業の隆盛とその重要性・存在感が示されたと感じた。裏返せば、この時にはすでに通信の世界における音声通信のプレゼンスが衰退し、データ通信をどう使ってもらうかが業界の焦点であった、と理解することができるかもしれない。ただし、2006年のTelecomにおけるコンテンツといえば、高画質映像などの比較的重たい映像をダウンロードしてもらうことで、トラフィック=収益を稼ぐという原始的な姿が前提にあったように思う。

それと比較して今年は、ハードとしての商品・技術展示も2006年的なソフト(コンテンツ)の展示も陰を潜めてしまった。ハードウェアの展示を精力的に行ったのはZTEなど中国企業の数社に限られ、その中国企業でもHUAWEIは商談ブースのみだったし、韓国SAMSUNGも同様。LGやMOTOROLAの姿は、ブースという形では会場にはなかった。

コンテンツ企業の出展に至っては、今回めぼしいものは皆無であったと言ってよいと思う。コンテンツと言った場合に想定される利用者像ないしキラーコンテンツが、大容量コンテンツを受信するのみという利用スタイルから、ブログはもちろんSNS、写真・動画共有などのようにユーザー自身が受信者であると同時に発信者にもなるいわゆるCGMが想定される利用スタイルの中心でありそれがキラーコンテンツである、という認識に変わってきたことも背景にあるかもしれない。 Mobile World Congressにしても、バルセロナに開催地を移転した当初の数年は(ダウンロードして利用する形の)コンテンツ系の企業出展が増えて使用するホール数も増えたけれど、ここ数年は頭打ちになっている印象がある。

通信業界に収益をもたらすコンテンツの重要性は引き続き変わっていないはずだが、そのコンテンツの形は、下り一方通行のコンテンツから上り下りを含めたものにフォーカスが急速に変わってきているように感じる。ダウンロードだけでなく、HSUPAのようなアップロードの環境が整ってきたことも技術的な背景としてあるし、ストリーミングなどで大量のデータを落とし続けるユーザーの存在が通信会社にとってあまり好ましいものと映らなくなっているという背景もあるのだろう。

このように、メインとなるトピックスは違えどコンシューマーからみても分かりやすいポイントがあった前2回とくらべて、今年のTelecomは分かりにくく面白みのないものと映ったのではないかと思う。

ただ、ちょっと見方を変えるなら、今年のTelecomは、ハードやソフトの展示が後退した分だけ、国連機関であるITU主催のコンベンションとしての姿が浮き彫りになったようにも思うのだ。つまり、通信を介して、国と国がどのように関係を取り結んでいくかという、政治の場としての姿がはっきりしたように思う。

今回の出展で目立ったのは、アフリカや中東諸国のブースだった。これは、特に通信分野での対外投資を呼び込むことを目的としたものと思われる。これらの諸国に対して、欧米そして韓国や中国の政府・企業が、投資すると同時に自国自社の製品を売り込み、さらに最終的な政治目的として投資対象国における権益を確保する、という動きに出ていたと推測するのが素直な見方ではないだろうか*1。投資する国もされる国もそれぞれにメリットがあるという点で利害が一致しているし、アフリカや中東の国もいよいよ経済発展に向けてテイクオフする環境が整いつつある段階にきた、ということでもあるのだろう。

もちろん、Green ICTといった技術的テーマも重要であったし、いくらデータ通信の環境を整えても使われなければ意味がない以上広義のコンテンツの重要性も変わらない。ただ、有線・無線ともに通信のスピードや品質を飛躍的に高める技術革新の競争が一巡し、経済情勢も低迷を続けている現在、次なる経済成長を目指して各国間の政治的な動きが今年のTelecomを、言い換えれば現在の通信業界をドライブしているのではないかというのが、裏付けに乏しく非常に感覚的な感想ではあるが今年のジュネーブでの私の皮膚感覚だった。

*1:この場で日本の政府や企業がどのように立ち回っていたのかは定かではないけれど。